【関東大震災】大正時代の日本政府「朝鮮人の死者は地震で亡くなった他の日本人とは異なり、特異なケースなので遺族への弔慰金を日本人より多めに渡します」 内閣府報告書より

1: それでも動く名無し 2023/09/01(金) 00:44:13.34 ID:bNiCAD0Ia
ネトウヨどうすんのこれ
ソースは内閣府
※災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 平成18年7月
https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1923_kanto_daishinsai/index.html
ソースは内閣府
※災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 平成18年7月
https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1923_kanto_daishinsai/index.html
2: それでも動く名無し 2023/09/01(金) 00:44:41.39 ID:bNiCAD0Ia
総督府は震災による朝鮮人の死者・行方不明者を832名と把握して、1人200円の弔慰金を遺族に支給した(大正13年6月朝鮮総督府官房外事課「関東地方震災時に於ける朝鮮人問題」
『現代史資料(6)』所収)。
この際、死亡が災害の直接の結果か、殺傷事件によるものかは区別していない。しかし、日本人の死者、行方不明者へ一律で配布されたのが御下賜金の1人16円であったことと対比すれば、200円という金額は政府が朝鮮人の被災を特異なものと捉えられていたことを示している。
https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1923_kanto_daishinsai_2/pdf/19_chap4-2.pdf
>朝鮮人被殺害者数の全体について、朝鮮総督府の記録によれば、10月22日現在、内務省は「朝鮮人被殺人員」を約248名と把握していた。しかし、朝鮮総督府東京出張員はこれを前提に「内査したる見込数」として、東京約300、神奈川約180、埼玉166、栃木約30、群馬約40、千葉89、茨城5、長野3の合計約813名を挙げている(大正12年12月朝鮮総督府警務局「関東地方震災ノ朝鮮ニ及ホシタル影響」斉藤実文書『関東大震災朝鮮人虐殺問題関係史料Ⅳ』影印)。内務省の把握が部分的であることは、当時の植民地官僚の目にも明らかだったのである。
引用元:https://nova.5ch.io/test/read.cgi/livegalileo/1693496653/
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