鈴木有の赤い目が語った「責任」の深さ 隣県対決に潜む本音の機微
甲子園のマウンドで、エースが制球を乱した瞬間。そこに映る表情は、ただの悔しさじゃなかった。2026年8月16日、佐野日大対健大高崎の3回戦。史上初の北関東ダービーで1-4と敗れた佐野日大の鈴木有投手(3年)。試合後、目を真っ赤にしながら語った言葉に、ソフトマッチョとして25年近く筋トレとフルコン空手を続けてきた自分は、強い共感を覚えたんです。

鈴木は「先発を任せていただいたにもかかわらず、自分のせいでみんなの夏を終わらせてしまって本当に申し訳ないです」と語り、一方で「チームとしても甲子園で終われたことはよかった」と清々しい表情も見せた。この二つの顔。武道の道場で何度も見てきた「負けた後の本当の自分」が、そこにあった。
2回表の先制から逆転までの「間」に宿る仕草
事実を簡潔に振り返れば、こうだ。佐野日大は2回表、荒川結衿の右犠飛で1点を先制。だがその裏、鈴木の制球が乱れ、四死球から岩井由来、豊永飛輝、神崎翔斗の連続適時打で3点を失い逆転。6回にも狩野蓮義の適時打で追加点を許した。健大高崎は大橋叡刀(1年)から新倉、北田、石田翔大と4投手継投で1失点にまとめ、12年ぶりの準々決勝進出。両チーム無失策の堅い試合だった。
でも数字より気になったのは、鈴木が2回裏に先頭打者を歩かせた直後の仕草だ。マウンドで一度深く息を吸い、グラブを顔の前に持っていった短い瞬間。あれは「リセットしよう」とする身体の反応だったと思う。フルコン空手の組手で、自分も似た場面を経験している。相手のカウンターが決まった直後、ガードを上げ直す前に無意識に息を整える。あの「間」が崩れると、次の攻撃が続かなくなる。

実際、3回以降の鈴木は持ち直した。だが6回に再び捕まった。麦倉洋一監督が試合後に「力の差。力負けです」と認めたように、健大高崎の継投は「狙いを絞らせない」完成度が高かった。青柳博文監督が「先輩方に並ぼう」と選手に語っていたという話も印象深い。忍耐を積み重ねて結果を出す過程は、筋トレでベンチプレスのフォームを根本から修正した時期と重なる。重量を上げる前に、まずは土台の安定を徹底したあの頃、身体が「もう少しだ」と教えてくれた感覚に近い。
隣県対決が生んだ人間関係の機微と、鈴木の「父親の土」
栃木と群馬の初の甲子園対決。春の関東大会では健大高崎が3-2で勝っていた因縁もある。だからこそ、佐野日大の選手たちにとっては「リベンジ」の色が濃かったはずだ。でも試合後、麦倉監督はベンチ前で健大高崎をたたえ、青柳監督と握手を交わした。勝者を先に見送る中でのその仕草は、業界の人間関係の機微を静かに示している。
鈴木の父親・一平さんは佐野日大の遊撃手として1997、98年の夏に甲子園出場。幼い頃から瓶に入った甲子園の土を見て育ったという。だからこそ「普段以上の力が出せる場所だった」と振り返った言葉に、重いものがある。負けた後に「みんなの夏を終わらせてしまった」と責任を一身に背負う表情。あれは、ただの自己嫌悪じゃない。チームを守ろうとする「最後の組手」の覚悟に近い。











































