【ああ、東大を出てもこれか】24歳、東大卒・外資系投資銀行で年収1100万円の男性を “刺しゅう屋”へ導いた 「人間を忘れた夏」
1: 影のたけし軍団 ★ 2026/08/09(日) 09:51:26.69 ID:??? TID:gundan
東大出身、外資系投資銀行に就職して、年収1100万円??。それだけを聞けば“勝ち組”と思われるような人生を、田中優輝さんは歩んでいました。しかし外銀での仕事は「速く、正確に、間違えず」に処理することが重視され、神経をすり減らす日々でした。
やがて退職し、刺しゅう屋を始める田中さんの歩みと挑戦を、著書『東大卒、年収1100万をやめて刺しゅうをはじめたワケ 冷めたまま働きつづける前に』より一部を抜粋し、2回にわたってご紹介します。
2023年の夏が、いつ終わったのか、私はあまり覚えていません。朝起きる。スマホでメールを見る。タクシーに乗る。会社に着く。デスクに座る。画面を見る。昼を急いで食べる。また画面を見る。夜中に帰る。シャワーを浴びる。寝る。また朝になる。外を歩いていない月が、何カ月も続きました。
桜が咲いたのか。紫陽花が咲いたのか。セミが鳴いていたのか。夜風が涼しくなったのか。よくわかりません。私が毎日見ていた色は、だいたい決まっていました。オフィスのカーペットの灰色。モニターのグレー。エクセルの青。深夜のビルの窓。タクシーの座席。
徹夜は、ありました。仮眠も取らず、40時間ぶっ通しに近い集中をする日もありました。夜10時に出社して、次の日の午前11時まで案件を進め、そこから別の案件に移り、またその日の夜中まで続く毎日に色はありませんでした。締切の時間は刻んでも、季節は刻めませんでした。
ある日、トイレの鏡で自分の顔を見ました。知らない男がいました。表情がなくて、目に光がなくて、紙みたいな色をした、24歳の男。そのあと、入社直前の同期で集まった写真を見ました。4月の私は、笑っていました。緊張していたけれど、まだ明るい目をしている自分の顔。
でも、半年後の自分と、見比べる。別人でした。さらに、ある先輩の大学時代の写真を見せてもらったことがあります。若くて、笑っている男性が写っていました。でも、目の前のその先輩は、同じ人に見えないくらい変わっていました。年齢を重ねれば、人は変わります。ただ、その変わり方が、私には怖かった。
このまま10年経ったら、自分はどうなるのか。朝日をまともに見られるのは1年で10日もないかもしれない。季節が変わっても、気づかない。誰かとご飯を食べる時間もない。鏡を見ても、自分の顔に見えない。その代わりに、給与明細には大きな数字が載る。
コスパで走ると、払っていることに気づかない代償があります。季節を感じる感覚。誰かと笑う時間。鏡を見て自分の顔だと思える朝。それらが給与明細には出ないまま、毎日少しずつ減っていく。私はその減り方が怖くなりました。半年で、もう取り戻せない気がするほどに。
勤めていた外資系投資銀行のフロアで、忘れられない日があります。人が消える日です。
私たちは、その日を「Xデー」と呼んでいました。ニューヨーク本社からの連絡で、投資銀行部門の人員を減らすことが決まる日。誰が消えるかは、誰にもわかりません。
その日の朝、空気が少し違いました。人事の方がフロアに来て、ある先輩の肩を軽く叩きました。「ちょっと、別室に来ていただけますか」
その十秒前まで、その先輩はエクセルで作業をしていました。明日のクライアント用の資料を作成中に、肩を叩かれた瞬間、先輩の手が止まりました。
パソコンは、開いたままでした。先輩は別室へ歩いていきました。フロアには、戻ってきませんでした。外資系金融機関では、その日のうちに社内システムへのアクセスが遮断されました。荷物は後日、自宅へ送られます。本人が戻る場所は、もうありません。
映画でしか見ないような場面が行われるのを見て、思ったのです。「ああ、東大を出てもこれか」
ビルから出るルートも、いつものエレベーターではありません。午後には、事務的な連絡が回ります。「〇〇...
やがて退職し、刺しゅう屋を始める田中さんの歩みと挑戦を、著書『東大卒、年収1100万をやめて刺しゅうをはじめたワケ 冷めたまま働きつづける前に』より一部を抜粋し、2回にわたってご紹介します。
2023年の夏が、いつ終わったのか、私はあまり覚えていません。朝起きる。スマホでメールを見る。タクシーに乗る。会社に着く。デスクに座る。画面を見る。昼を急いで食べる。また画面を見る。夜中に帰る。シャワーを浴びる。寝る。また朝になる。外を歩いていない月が、何カ月も続きました。
桜が咲いたのか。紫陽花が咲いたのか。セミが鳴いていたのか。夜風が涼しくなったのか。よくわかりません。私が毎日見ていた色は、だいたい決まっていました。オフィスのカーペットの灰色。モニターのグレー。エクセルの青。深夜のビルの窓。タクシーの座席。
徹夜は、ありました。仮眠も取らず、40時間ぶっ通しに近い集中をする日もありました。夜10時に出社して、次の日の午前11時まで案件を進め、そこから別の案件に移り、またその日の夜中まで続く毎日に色はありませんでした。締切の時間は刻んでも、季節は刻めませんでした。
ある日、トイレの鏡で自分の顔を見ました。知らない男がいました。表情がなくて、目に光がなくて、紙みたいな色をした、24歳の男。そのあと、入社直前の同期で集まった写真を見ました。4月の私は、笑っていました。緊張していたけれど、まだ明るい目をしている自分の顔。
でも、半年後の自分と、見比べる。別人でした。さらに、ある先輩の大学時代の写真を見せてもらったことがあります。若くて、笑っている男性が写っていました。でも、目の前のその先輩は、同じ人に見えないくらい変わっていました。年齢を重ねれば、人は変わります。ただ、その変わり方が、私には怖かった。
このまま10年経ったら、自分はどうなるのか。朝日をまともに見られるのは1年で10日もないかもしれない。季節が変わっても、気づかない。誰かとご飯を食べる時間もない。鏡を見ても、自分の顔に見えない。その代わりに、給与明細には大きな数字が載る。
コスパで走ると、払っていることに気づかない代償があります。季節を感じる感覚。誰かと笑う時間。鏡を見て自分の顔だと思える朝。それらが給与明細には出ないまま、毎日少しずつ減っていく。私はその減り方が怖くなりました。半年で、もう取り戻せない気がするほどに。
勤めていた外資系投資銀行のフロアで、忘れられない日があります。人が消える日です。
私たちは、その日を「Xデー」と呼んでいました。ニューヨーク本社からの連絡で、投資銀行部門の人員を減らすことが決まる日。誰が消えるかは、誰にもわかりません。
その日の朝、空気が少し違いました。人事の方がフロアに来て、ある先輩の肩を軽く叩きました。「ちょっと、別室に来ていただけますか」
その十秒前まで、その先輩はエクセルで作業をしていました。明日のクライアント用の資料を作成中に、肩を叩かれた瞬間、先輩の手が止まりました。
パソコンは、開いたままでした。先輩は別室へ歩いていきました。フロアには、戻ってきませんでした。外資系金融機関では、その日のうちに社内システムへのアクセスが遮断されました。荷物は後日、自宅へ送られます。本人が戻る場所は、もうありません。
映画でしか見ないような場面が行われるのを見て、思ったのです。「ああ、東大を出てもこれか」
ビルから出るルートも、いつものエレベーターではありません。午後には、事務的な連絡が回ります。「〇〇...
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