【週プレ】韓国代表前監督・洪明甫は日本が救うべきだろ!
1: ばーど ★ 2026/07/16(木) 19:24:23.33 ID:YC/u6qjV
W杯北中米大会での惨敗により、韓国で吹き荒れる前代表監督・洪明甫(ホン・ミョンボ)氏への激しい批判は、韓国サッカー協会の〝不正疑惑〟の追及にまで発展。
【写真】ベルマーレ平塚で日本デビューした洪明甫氏

ただ彼は、Jリーグの発展に貢献した外国人のひとりだ。今や母国にも居場所がない洪明甫氏に手を差し伸べる国があるとしたら、それは日本ではないだろうか?
【「無能!」のそしりに大統領も便乗】
【苛烈な批判を招いたふたつの要素】
【だったら、日本へおいでよ】
現在、洪氏は家族の住む米ロサンゼルスに戻り、失意の日々を過ごしているようだが、そこでも一部の韓国系レストランから〝出禁〟を食らっているのだとか。
「韓国国民の怒りは根深いです。韓国サッカー界のレジェンドとして愛されてきた洪氏ですが、しばらくはKリーグへの復帰は無理でしょう」(前出・慎氏)
だったら、洪氏にこう言いたい。日本に戻ってくればいい。Jリーグに指導者として復帰すればいいと。
実際、日本では「洪明甫」は愛されキャラだった。1990年代後半から2000年代初頭にかけ、ベルマーレ平塚で1.5シーズン、柏レイソルで3シーズンプレーし、Jリーグを盛り上げてくれた。00年にはJリーグベストイレブン、19年にはその功績からJリーググローバルアンバサダーにも選ばれている。
しかもその間、バルセロナなどの欧州チームから2度も入団オファーを受けながら、いずれも「やっぱりJリーグが好き」と日本残留を選んでくれている。
1997年にJリーグ・ベルマーレ平塚(現湘南ベルマーレ)で日本デビューした洪明甫氏は、守備的ミッドフィルダーとしてチームを牽引した
そして何よりも人格者だ。洪氏を知るジャーナリストの姜誠氏が言う。
「冷静で統率力がある。なのに威張ったり、おごったりしない。だから、柏レイソルでは当時の西野朗監督たっての要望でキャプテンを任せられたほどです。
こんなエピソードもあります。私が01年に浅草でセルジオ越後さんらとブラジル、日本、韓国の子供を集めてフットサル大会を開いたことがあったんです。そのとき、『大会に参加して子供たちにプロの技を見せてやってほしい』と頼むと、洪氏はふたつ返事で引き受けてくれた。もちろん、完全ボランティアです。
驚いたのは、洪氏が連れてきた柏レイソルの若手日本人選手たちが彼のことを『ヒョンニム』(韓国語で兄貴という意味)と呼んで慕っていたこと。
聞けば、洪氏はチーム結束のため、自腹で若い選手に焼き肉などを食わせ、面倒を見ているとのことでした。私の知る限り、洪氏は本当にナイスガイなんです」
折しも自民党の河野太郎衆院議員も自身のXで「うちのOBのホン・ミョンボをいじめるな」と投稿し、話題になった。河野氏は99年から01年までベルマーレの代表取締役会長だった。そのよしみから猛批判にさらされる洪氏にエールを送ったらしい。
25年、洪氏は来日した際、日本代表の森保一監督と対談している。日韓の現役代表監督が膝を突き合わせて対談するのは日韓のサッカー史でも初のことだった。
その対談をコーディネートした前出の慎氏が語る。
「洪氏の日本サッカー、そして文化への深いリスペクトぶりに驚かされました。行きつけのラーメン屋にきちんと並び、握手や写真を求めるファンに丁寧に応じていた。日本語も理解できるようで、対談中の森保監督の言葉を聞いて、すぐに受け答えするシーンもありました。
Jリーグを離れて25年たちますが、今も日本を身近に感じているようでした。実際、『チャンスがあれば、日本でもう一度サッカーをしたい』と、本人から聞いたこともあります」
だったら悩むことはない。洪明甫よ。日本においで! そしてJリーグのピッチで監督でもコーチでもいいから、その雄姿をもう一度見せてくれ!
週プレNEWS7/16(木)6:30
【写真】ベルマーレ平塚で日本デビューした洪明甫氏

ただ彼は、Jリーグの発展に貢献した外国人のひとりだ。今や母国にも居場所がない洪明甫氏に手を差し伸べる国があるとしたら、それは日本ではないだろうか?
【「無能!」のそしりに大統領も便乗】
【苛烈な批判を招いたふたつの要素】
【だったら、日本へおいでよ】
現在、洪氏は家族の住む米ロサンゼルスに戻り、失意の日々を過ごしているようだが、そこでも一部の韓国系レストランから〝出禁〟を食らっているのだとか。
「韓国国民の怒りは根深いです。韓国サッカー界のレジェンドとして愛されてきた洪氏ですが、しばらくはKリーグへの復帰は無理でしょう」(前出・慎氏)
だったら、洪氏にこう言いたい。日本に戻ってくればいい。Jリーグに指導者として復帰すればいいと。
実際、日本では「洪明甫」は愛されキャラだった。1990年代後半から2000年代初頭にかけ、ベルマーレ平塚で1.5シーズン、柏レイソルで3シーズンプレーし、Jリーグを盛り上げてくれた。00年にはJリーグベストイレブン、19年にはその功績からJリーググローバルアンバサダーにも選ばれている。
しかもその間、バルセロナなどの欧州チームから2度も入団オファーを受けながら、いずれも「やっぱりJリーグが好き」と日本残留を選んでくれている。
1997年にJリーグ・ベルマーレ平塚(現湘南ベルマーレ)で日本デビューした洪明甫氏は、守備的ミッドフィルダーとしてチームを牽引した
そして何よりも人格者だ。洪氏を知るジャーナリストの姜誠氏が言う。
「冷静で統率力がある。なのに威張ったり、おごったりしない。だから、柏レイソルでは当時の西野朗監督たっての要望でキャプテンを任せられたほどです。
こんなエピソードもあります。私が01年に浅草でセルジオ越後さんらとブラジル、日本、韓国の子供を集めてフットサル大会を開いたことがあったんです。そのとき、『大会に参加して子供たちにプロの技を見せてやってほしい』と頼むと、洪氏はふたつ返事で引き受けてくれた。もちろん、完全ボランティアです。
驚いたのは、洪氏が連れてきた柏レイソルの若手日本人選手たちが彼のことを『ヒョンニム』(韓国語で兄貴という意味)と呼んで慕っていたこと。
聞けば、洪氏はチーム結束のため、自腹で若い選手に焼き肉などを食わせ、面倒を見ているとのことでした。私の知る限り、洪氏は本当にナイスガイなんです」
折しも自民党の河野太郎衆院議員も自身のXで「うちのOBのホン・ミョンボをいじめるな」と投稿し、話題になった。河野氏は99年から01年までベルマーレの代表取締役会長だった。そのよしみから猛批判にさらされる洪氏にエールを送ったらしい。
25年、洪氏は来日した際、日本代表の森保一監督と対談している。日韓の現役代表監督が膝を突き合わせて対談するのは日韓のサッカー史でも初のことだった。
その対談をコーディネートした前出の慎氏が語る。
「洪氏の日本サッカー、そして文化への深いリスペクトぶりに驚かされました。行きつけのラーメン屋にきちんと並び、握手や写真を求めるファンに丁寧に応じていた。日本語も理解できるようで、対談中の森保監督の言葉を聞いて、すぐに受け答えするシーンもありました。
Jリーグを離れて25年たちますが、今も日本を身近に感じているようでした。実際、『チャンスがあれば、日本でもう一度サッカーをしたい』と、本人から聞いたこともあります」
だったら悩むことはない。洪明甫よ。日本においで! そしてJリーグのピッチで監督でもコーチでもいいから、その雄姿をもう一度見せてくれ!
週プレNEWS7/16(木)6:30
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