本当に嫌いだった父を雇った女性溶接工の決断
高校を中退し、極貧生活を経験した女性が、わずか21歳で溶接工として独立。しかも「本当に嫌いだった」という父親を従業員として雇うという選択をしたそうです。華やかなメイクを欠かさない現場女子の裏側に、どんな想いが隠されていたのか。彼女の物語から、人生の再出発と家族の在り方について一緒に考えてみませんか。
こんにちは、芸能ブログの専属ライターです。今回は、男性中心の溶接業界で活躍する24歳の女性・MIOさんのストーリーをお届けします。ニュースで話題になった彼女の半生は、ただの成功譚ではありません。自分の過去と向き合い、家族との関係を再構築した、静かで力強い選択の連続でした。
極貧の底から這い上がった道のり
16歳で高校を中退、凍えるような一人暮らし
両親はMIOさんが2歳のときに離婚。高校までは母親に育てられ、その後父親のもとへ移りました。しかし学費の支払いが途中で止まり、居酒屋でのアルバイトをしながらも「自分で学費を払ってまで高校に行きたいと思えなかった」と振り返ります。当時は遊び中心の毎日で、責任感も薄れていたそうです。
高校を中退した後、一人暮らしを始めましたが、家賃すらまともに払えず、毛布や布団も買えませんでした。凍えながら寝る日々。親がまともに働いている姿を見たことがなく、「自分は絶対にああなりたくない」と思いながらも、なかなか抜け出せなかったといいます。
雑工から溶接工へ 資格取得の努力
転機は、バイト仲間を通じて知り合った先輩の助けでした。プラントやボイラーの溶接を行う会社で「雑工」として働き始めます。道具の段取りやペンキ塗りなどの裏方業務です。そこで出張で全国を回る先輩たちの話を聞き、「自分も技術を身につけて稼ぎたい」と強く思うようになりました。
「工場は出張してる人たちに養われとるけんな」という言葉が心に刺さったそうです。独学で溶接を始め、社長の勧めでJIS溶接資格を取得。さらに国家資格のボイラー溶接士も2ヶ月勉強して合格。18歳で本格的に現場に出るようになりました。
21歳で独立 「父を雇う」という決断
会社勤め5年目、21歳のとき。仕事は順調だったはずなのに、自分の将来に悩み、精神的に深く落ち込む時期がありました。そんな中で、同世代の若者たちが数人で会社を経営している姿を見て「私ももっと挑戦したい」と強く感じたそうです。会社を辞め、個人事業主として独立しました。
現在はプラントやボイラーの溶接・配管工事を下請けとして請け負っています。従業員は2人。そのうちの1人が父親です。元々配管工をやっていた父親を、配管担当として雇いました。











































