韓国史の“地雷”を大踏みしたスタバ 「タンクデー」「机にドン」で店舗ガラガラ 国家的不買運動に出口はあるのか
1: ばーど ★ 2026/06/04(木) 12:06:42.72 ID:tbw5pc6G
韓国で大手コーヒーチェーン・スターバックスに対する不買運動が広がり、“スタバ離れ”が急速に進んでいる。
◆光州事件と大学生拷問
発端は、5月18日に企画されたタンブラー販売促進のための「タンクデーイベント」だった。この日は韓国の現代史上最大の惨劇とも言われる「光州事件」が起きた歴史的な日にあたる。
1980年5月、当時の全斗煥(チョン・ドファン)政権は全国に戒厳令を宣布し、著名な民主活動家の金大中(キム・デジュン)氏=のちの大統領=を連行した。金大中氏の地元・光州では金氏の解放や民主化を求める大規模な抗議活動が発生した。抗議活動の波及を恐れた政権側は5月18日、光州に軍を投入し、鎮圧に乗り出した。戦車とともに光州入りした兵士らは市民に向けて発砲し、デモ参加者を激しく殴打するなどして弾圧した。10日間で240人を超える死者・行方不明者を出したとされる。
当時は厳しい言論統制が敷かれ、光州で何が起きているのか、実態を知ることは容易ではなかった。正確な死傷者数や、誰が発砲を命じたかなどは今も明らかになっていない。その後、事件の真相解明が進む中で、光州事件は韓国民主化の原点と評価され、弾圧に屈せず抵抗した犠牲者たちを悼む国民的記念日として定着した。そんな特別な日に戦車を連想させる「タンクデー」と称するイベントを開催したのだから、批判を浴びないはずはない。
それだけではない。タンクデーと並んで書かれたキャッチコピー「机にドン」も、韓国ではNGワードだ。民主化運動に参加していた大学生が取り調べ中に拷問で命を落とした事件で使われた言葉だからだ。
1987年1月、ソウル大学の学生だった朴鐘哲(パク・ジョンチョル)さんは警察から水責めや電気器具による拷問を受け、亡くなった。当局は拷問の事実を隠ぺいするため遺体を火葬し、こう説明した。
「(取り調べ中に)机をドンとしたら、“うっ”と言って死んでしまった」
後に新聞社が拷問の事実をスクープし、韓国国民の怒りに火をつけた。「机にドン」は問題発言として、流行語のようになり記憶されてきたのである。
戦車と拷問を連想させる販売促進イベントは、韓国社会の地雷を思い切り踏んだというわけだ。
2024年12月に当時の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が非常戒厳令を発出した際も、光州事件が連想され、抗議活動が拡大した。光州事件は過去の出来事ではなく今もなお、韓国社会に大きな影響力を持っていることがわかる。
◆誰も止めなかった“地雷イベント”
国民感情を大きく揺さぶる事案にもかかわらず、なぜ韓国のスターバックスは問題のイベントを実施してしまったのか?
スターバックスの社内調査によれば、4月中旬に実務チームがイベント名と日程を決定。その後、チーム長、担当役員、本部長、代表と4段階の決裁を経て報告がされたが、その過程で疑問を呈したり、止めたりした者は1人もいなかったという。
実務陣はイベント日を5月18日にした理由について、タンブラーの入荷日程と売り上げ動向を考慮したためと説明。「机にドン」の文言もリズム感を出すためで、光州事件や民主化運動を貶める意図はなかったと主張した。会社側は「売り上げを重視することに気を取られ、5月18日という日付や言葉の意味を十分に考えられなかった」と釈明したが、チェック機能の欠如を露呈する結果となった。
民主化を軽視する姿勢には、オーナーの政治理念の影響も指摘されている。
スターバックスコリアを運営する新世界グループの鄭溶鎮(チョン・ヨンジン)会長は、これまでも個人のSNSに「#滅共」「共産主義は嫌い」などと書込み物議を醸してきた。アメリカのトランプ大統領を支持し、息子のトランプジュニア氏とも親しく、政治的には保守的な性向の強い人物と見られている。
鄭会長はタンクデー騒動の8日後に謝罪会見を開き、「すべての責任は私にある」と神妙に頭を下げた。だが、この場で「それぞれの考えは異なり得る」とも述べたことから、光州事件について「別の考え」を持っているのかとさらなる批判を招くことになった。論争は統一地方選挙にも飛び火し、スタバ批判の与党とスタバ擁護の野党が対立を深めている...
◆光州事件と大学生拷問
発端は、5月18日に企画されたタンブラー販売促進のための「タンクデーイベント」だった。この日は韓国の現代史上最大の惨劇とも言われる「光州事件」が起きた歴史的な日にあたる。
1980年5月、当時の全斗煥(チョン・ドファン)政権は全国に戒厳令を宣布し、著名な民主活動家の金大中(キム・デジュン)氏=のちの大統領=を連行した。金大中氏の地元・光州では金氏の解放や民主化を求める大規模な抗議活動が発生した。抗議活動の波及を恐れた政権側は5月18日、光州に軍を投入し、鎮圧に乗り出した。戦車とともに光州入りした兵士らは市民に向けて発砲し、デモ参加者を激しく殴打するなどして弾圧した。10日間で240人を超える死者・行方不明者を出したとされる。
当時は厳しい言論統制が敷かれ、光州で何が起きているのか、実態を知ることは容易ではなかった。正確な死傷者数や、誰が発砲を命じたかなどは今も明らかになっていない。その後、事件の真相解明が進む中で、光州事件は韓国民主化の原点と評価され、弾圧に屈せず抵抗した犠牲者たちを悼む国民的記念日として定着した。そんな特別な日に戦車を連想させる「タンクデー」と称するイベントを開催したのだから、批判を浴びないはずはない。
それだけではない。タンクデーと並んで書かれたキャッチコピー「机にドン」も、韓国ではNGワードだ。民主化運動に参加していた大学生が取り調べ中に拷問で命を落とした事件で使われた言葉だからだ。
1987年1月、ソウル大学の学生だった朴鐘哲(パク・ジョンチョル)さんは警察から水責めや電気器具による拷問を受け、亡くなった。当局は拷問の事実を隠ぺいするため遺体を火葬し、こう説明した。
「(取り調べ中に)机をドンとしたら、“うっ”と言って死んでしまった」
後に新聞社が拷問の事実をスクープし、韓国国民の怒りに火をつけた。「机にドン」は問題発言として、流行語のようになり記憶されてきたのである。
戦車と拷問を連想させる販売促進イベントは、韓国社会の地雷を思い切り踏んだというわけだ。
2024年12月に当時の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が非常戒厳令を発出した際も、光州事件が連想され、抗議活動が拡大した。光州事件は過去の出来事ではなく今もなお、韓国社会に大きな影響力を持っていることがわかる。
◆誰も止めなかった“地雷イベント”
国民感情を大きく揺さぶる事案にもかかわらず、なぜ韓国のスターバックスは問題のイベントを実施してしまったのか?
スターバックスの社内調査によれば、4月中旬に実務チームがイベント名と日程を決定。その後、チーム長、担当役員、本部長、代表と4段階の決裁を経て報告がされたが、その過程で疑問を呈したり、止めたりした者は1人もいなかったという。
実務陣はイベント日を5月18日にした理由について、タンブラーの入荷日程と売り上げ動向を考慮したためと説明。「机にドン」の文言もリズム感を出すためで、光州事件や民主化運動を貶める意図はなかったと主張した。会社側は「売り上げを重視することに気を取られ、5月18日という日付や言葉の意味を十分に考えられなかった」と釈明したが、チェック機能の欠如を露呈する結果となった。
民主化を軽視する姿勢には、オーナーの政治理念の影響も指摘されている。
スターバックスコリアを運営する新世界グループの鄭溶鎮(チョン・ヨンジン)会長は、これまでも個人のSNSに「#滅共」「共産主義は嫌い」などと書込み物議を醸してきた。アメリカのトランプ大統領を支持し、息子のトランプジュニア氏とも親しく、政治的には保守的な性向の強い人物と見られている。
鄭会長はタンクデー騒動の8日後に謝罪会見を開き、「すべての責任は私にある」と神妙に頭を下げた。だが、この場で「それぞれの考えは異なり得る」とも述べたことから、光州事件について「別の考え」を持っているのかとさらなる批判を招くことになった。論争は統一地方選挙にも飛び火し、スタバ批判の与党とスタバ擁護の野党が対立を深めている...
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